日本100名城 No.77:高松城



※あけびさんによる写真ACからの写真
基本データ
- 築城年代:1588年(天正16年)
- 別名:玉藻城 [Takamo-jō]
- 構造:平城、海城
- 築城者:生駒親正 [Ikoma-Chikamasa]
- 主な城主:生駒氏 → 水戸松平氏
- 所在地:香川県高松市玉藻町2-1
- 管理団体公式サイト:玉藻公園公式WEBサイト
概要
高松城は、羽柴秀吉による天下統一事業の一環である「四国攻め」後、讃岐17万6千石を与えられた生駒親正によって1590年(天正18年)に築かれました。
当時この地は「野原」という、ひらかれた港町でしたが、生駒氏による築城を機に「高松」と改められ、瀬戸内海に面し、内堀に海水を引き込んだ近世城郭の水城(海城)へと変貌を遂げ、周辺は城下町として栄えました。
生駒氏は関ヶ原の戦い後も本領を安堵され、高松藩として存続していましたが、1639年(寛永16年)の「生駒騒動」により、出羽国矢島1万石に減封となりました。
生駒氏に代わって、1642年(寛永19年)、水戸藩初代藩主・徳川頼房の子、松平頼重が12万石で入封し、城の大改修が行われます。

1669年(寛文9年)には、小倉城に似た「唐造(からづくり)」の3層5階の天守が完成し、その後も松平氏による城の拡充が行われました。
天守台から約26.6メートルの高さを持った天守は、延床面積ともに四国最大級を誇った遺構でしたが、1884年(明治17年)に破却され、現在は3重櫓を含む4棟の建造物のほか、旧松平家高松別邸(披雲閣)が重要文化財に指定され、「玉藻公園」として残されています。
なお、平成期に入ると、天守台の解体・補強工事が行われており、昨今ますます天守復元の機運が高まっています。




交通
JR予讃線・高徳線「高松」駅から徒歩約3分

城下町の気になるリスト
うどん屋は適当に入ってみたいので敢えて除外。
それにしても「M亀製麺」って以外にも香川県内に2店舗しかないんですね。意外。
それでは!

書籍
※2020/11/23 更新