【お城】上田城 -Ueda castle-

日本100名城 No.27:上田城

あけびさんによる写真ACからの写真

基本データ

  • 築城年代:1583年(天正11年)
  • 別名:尼ヶ淵城、伊勢崎城、松尾城、真田城
  • 構造:平城
  • 築城者:真田昌幸
  • 主な城主:真田氏、仙石氏、松平(藤井)氏
  • 所在地:〒386-0026 長野県上田市二の丸
  • 管理団体公式サイト:上田城・上田城跡公園

概要

上田城(うえだじょう)は長野県上田市二の丸(旧・信濃国小県郡上田)にあった日本の城である。なお、現在残っている城は、仙石忠政によって江戸時代初期の寛永年間に再建築城されたものである。

参考:上田城 – Wikipedia

上田城は1583年(天正11年) 、上杉氏に対する徳川氏の最前線の基地として、徳川家康の命を受けて真田昌幸が築城しました。

ところが、程なくして領地の分配をめぐって家康と対立した昌幸は上杉景勝に従属、1585年(天正13年)の第一次上田合戦が勃発しました。

真田軍は上杉の援軍を含めて兵僅か2000余で上田城に籠城し、兵7800の徳川派遣軍に1300人もの戦死者を出す損害を与え、撃退に成功しました。

第二次上田合戦は1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いのときで、当初は家康が指揮をとる会津征伐軍に加わっていましたが、途中で旗色を変え、次男・信繁(幸村)とともに上田城に戻り、西軍に属しました。

このときも僅か2000~3000の手勢で籠城、徳川秀忠率いる38000の徳川軍を上田に釘付けにしています。

2度の籠城戦で勝利をおさめていることからも、上田城は真田氏の難攻不落の城として有名ですが、 現在見られる櫓、堀、石垣に大改修したのは、松代(長野県長野市)に移封となった真田信之(昌幸の長男)に代わって入城した仙石氏からのことです。

仙石氏の上田城、天守こそありませんでしたが、かつては本丸塁上には七棟の櫓があがっていました。

現存するのは西櫓、 南櫓、北櫓の三棟、いずれも下見板張り2層2階の隅櫓で、これらは長野県宝に指定されています。

なお、真田時代の上田城には確かな史料が残っていないため、詳しいことはわかっていませんが、寛永年間の作成という絵図には上田城本丸に「御天守跡」と記入されていること、桃山時代のものとみられる金箔を施した軒丸瓦や鬼瓦、鯱瓦の破片などが出土していること、同時期の近隣諸城(小諸城や松本城、高島城)や嫡男真田信幸の沼田城に天守があることなど、いくつかの傍証から一説には3層4階の天守があったのではないか、と言われています。


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交通

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